今活躍するクリエイターにインタビューする連載企画。数多くのインタビューに答えてきたであろう彼らに、ちょっと違った切り口で迫るべく、本メディアのコンセプトでもある「人」「モノ」「街」という観点を通して、クリエイティブの根源から人となりまで探っていきます。
第3回は、写真家として『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』などの作品を発表、また女優やアイドルの写真集やグラビアでも活躍されている青山裕企さんの登場です。

自分の記憶の中にある”そのへん”を作品に織り込むことで生まれる共鳴
――ではまず「街」からお聴きします。
写真を撮る時に背景にする場所という意味での「街」ですかね。皆さんも、夏だったらこの海でよく撮るとかあると思うんですが、私の場合、昔よく行っていた場所や住んでいた場所とかを、特に謳ったりもせず背景にしたりするんです。実はそれが、私の写真の”ツボ”だったりします。
私の地元は愛知県名古屋市の郊外なんですが、小1まで団地(公団)に住んでいました。なので、実際にそこに行って撮ることもありますし、東京でも団地を見ると個人的にグッと来て、そこを背景に選んだりしています。自分が写るわけではないですし、全然無関係な女性だったり、モデルが写っているんですが、でも自分が知ってる、記憶にあるという感じにしたいなと思って撮っています。
写真を始めたのが20歳の時で、趣味で撮っていた時代ですが、当時は通っていた筑波大学(茨城県)の構内だったり、近くの公園とか、霞ヶ浦だったり、あとは万博記念公園なんかでよく撮っていました。なので、今も事あるごとに筑波にはよく行って撮っていたりします。さすがに仕事の撮影で筑波を指定しても意味が分からないので、主に作品撮りとしてですが(笑)。
その後、東京に上京して来たのが2004年、26歳の時なんですが、当時葛飾区の堀切というところに住んでいました。大学の友達が1年早く上京していて、2DKを借りていたのでそこに一部屋借りるという形で。なので自分で選んだ場所では無いんですが、近くの荒川の土手で昼寝したり(笑)、もちろん写真も撮っていて、友達を呼んでジャンプしてもらって撮るということを当時からやっていました。なので、東京に来てからの街の記憶というと荒川の土手です。ここにも今もよく行きます。
――思い出を投影しているということなんでしょうか?
テクニック的な事を言うと、すごくよく見て来ているので、季節・時間帯とか、いろんな状況に応じて、光の入り方がだいたい分かるというのもあります。一方で、ポートレートって、モデルの力が強いと思うんです。モデルが良ければ良い、みたいな(笑)。もちろん、どういう衣装、どういうヘアメイク、どういう表情・ポージング、といったディレクションの要素も必要ですが。ただ、ポートレートって、被写体と背景の2つに要素が分けられるとすると、もう片方である背景って非常に重要だと思うんです。その背景のストックがあるという。まぁ、でもさっきの荒川でも昼寝しかしてなかったわけですから(笑)、そんなにドラマティックなことが起きてる訳じゃないんですが。
私がよく言うのは”そのへん”。みんなにとっての”そのへん”があると思うんです。住んでる場所の近くとか、職場とか、友達の家の近くとか。そういう場所で撮ることが多いですね。被写体と背景に分けた時に、背景が”そのへん”の方が被写体が際立つと思うんです。作品の場合は一般の方というか、プロのモデルとか立ってるだけで綺麗という人よりは、サラリーマンとかもそうですけど、いい意味で”そのへん”にいそうな人を撮っているので、背景がドラマティックだと埋もれてしまうというのもあります。例えば、海でドラマティックな逆光が射していて人物がシルエットで、みたいな作品とは方向性が逆ですね。
昔よく行ってた荒川の土手とかで素敵な女性に座ってもらって、何か食べてるシーンとかを横に座って撮るといった時に、そんな経験は全くないんだけど、「ああ、こんな人生もあったかもな」みたいな。記憶を塗り替えていくというか(笑)。なので、すごい幸せな記憶で溢れている背景では、あまり撮らないと思います。そもそも、そんな背景はあまりないんですけど(笑)。
――観ている人も感情移入もしやすそうですね
そうですね。私が昔よく行っていた場所といった情報がなくても、何かしら共鳴するところはあると思うんですよね。『少女礼讃』という作品は、一人の匿名的な少女を撮り続けるというコンセプトではあるけど、実は今日話したようなところでよく撮っていて、私の個人的な思い出のある背景を入れ込んでいます。なので、裏テーマとして、個人的な思いも詰め込んでいたりします。
結構、背景としての撮る場所には執着してますね。例えば新潟とか。大学受験の時に一目惚れした女の子がいて、その子とは受験会場で出会って、その子は合格して私は落ちたので、一浪して同じ大学に入ったんですが、一度だけデートしたことがあって、それが新潟だったんです。彼女の地元が新潟で、私も母方の実家が新潟なので、一緒に新潟の海を歩いた記憶があります。当時まだ写真を始める前で、フィルムで夕日に向かって撮ったんですが、真っ暗な写真になってしまいました(笑)。そんな思い出がある場所なんですが、結構な頻度で新潟で撮影をしていて、こないだも行ってきたのですが、だいたいそこの海で撮っています。なので、この歳になっても過去を引きずっているし、むしろ引きずることが芸風なんだなと思うようになってきました(笑)。

人を撮ることは人を知るということ
――写真を始めた時から「人」を撮っていたんですか?
最初は、大学を休学して自転車で日本を旅していたんですが、その時にカメラを始めて風景を撮っていました。当時は恥ずかしくて人にカメラを向けられなかったので。それと自撮りです。自撮りというのは、三脚立ててセルフタイマーで自分がジャンプしてる写真を撮るというものです。その後、旅が終わって大学生活の中で、友達を撮るようになったんですが、それもジャンプでした。コミュニケーションがあまり上手くできなくても、ジャンプの写真は撮れましたね。あとはスナップですね。作品としては発表していないのでイメージはないと思いますが、東京に出てきた時に新宿あたりでよくスナップを撮っていました。
――人を撮るようになったきっかけになった「人」などはいらっしゃいますか?
自分の中で一貫しているのは、”普通の人”を撮りたい、ということなんです。綺麗事を言えば、”みんな主人公”。老若男女、国籍も問わないし、有名無名とか、金持ち貧乏なんかも関係なく、みんな”普通の人”だと思うんです。そして僕も”普通の人”だと思っているので、”普通の人”が”普通の人”を撮る、という、世界中で行われていることでいいのかな、と。なので、作品として撮影しているのは、サラリーマンであり、顔の写っていない女子学生であり、一人の普通の少女なんです。
先ほどお話ししたように、写真を始めた時に、他人にカメラを向けられなかったんですが、自分にカメラを向けてジャンプしてみたら面白い写真が撮れた、というのがスタートなんです。自分のことをつまらない奴だと思っていたのに、カメラを向けてタイマーセットして跳んでみたら、ちょっと自分面白いかも、と思ったのが、どハマったきっかけだったんです。そうすると、その後、身の回りの友達とかを跳ばせるようになりました。
撮る前より、撮った後の方が、その人の魅力を発見できたり、関係性が深まったりするじゃないですか。なので、人を撮ることは人を知ることだと思うし、よくカメラはコミュニケーションツールと言われる通りだなと思っています。
今日も、このインタビューの前に撮影をしていたんですが、それは20年前東京に出てきた時から知ってる人で。その人から言われたんですが「20年前も跳んでましたよね」と(笑)。当時まだ「ソラリーマン」という作品が出来る前なんですが、その方を跳ばしていて、そして今日も飛ばせていました(笑)。なので、変わってないなと。
サラリーマンの作品も、男性で独身の方を昔跳ばせて撮ってて、その方が結婚したら奥さんと、娘さんが出来たらお父さんと娘で撮って、というのをやったりして。写真って、本来記念写真なので、そういう作品を撮っている時に「写真してるな」と思ったりします。
――お仕事と作品とではスタンスが違ったりしますか?
もちろん、責任感というか、こう撮らねばとか、誰のために撮るのかといったことは当然意識はします。例えばアイドルであれば、本人やマネージャー、雑誌の編集者や読者、またファンの方などは、一通り想像しながら撮ります。でも、そういう視点は持ちつつも、一方で、どこまでいっても、アイドルだろうが有名な芸能人だろうが”普通の人”だよね、という気持ちは忘れないようにしています。そういう風に思って撮る方がうまくいくことが多いですね。
皆さんどういう経緯で芸能人とか有名人を撮るようになるのか分かりませんが、私の場合は、突然来るケースが多くて。元々『ソラリーマン』という作品を作っていて、今はもうなくなってしまいましたが『ぴあ』という雑誌から声がかかって、嵐の櫻井翔さんを『ソラリーマン』で撮る、という仕事が来ました。その時も、有名人を撮ったことはなかったんですが、「櫻井くんも”普通の人”だ」と思って撮りましたね。
なので、最初自分を撮るところから始まり、それが友達になり、父が亡くなったのをきっかけにサラリーマンへと変わり、という風に、自分の身の周りが起点となって作品が生まれて来ています。「スクールガール・コンプレックス」という作品も、顔が写っていないのでモデルは誰でもいいかと言うとそうでもなくて、高校の頃とかに教室の中で見ていた女の子を再現しようとしていたんだと思うんです。それは特定の誰か、ということではなくて、教室の中で見ていた女の子のイメージなんです。なので顔が写ってないんです。

私自身が、何かドラマティックな人生だったとか、稀有なエピソードがたくさんあったら、それをなぞったら面白そうですけど、普通に生きてきてこういう作品が出来てきた、ということなので、これまで話してきたようなことを愚直にやってきただけなんですよね。なので、誰でも作品だったり、自分らしい写真には辿り着けると思うんです。
私の写真を見てる、写真好きの方の多くは、若い女性を撮ることが多いと思うんですが、なぜ若い女性なのか、ということは考えた方がいいと思います。もちろん、当時好きだった人を重ねるでもいいし、憧れの女性でもいいし、何か想定した方が写真としては深みが出ると思います。可愛い人、美しい人を撮りたい、というのは誰でもそう思うでしょうが、何か一つフィルターをかけるという。
私も、今ショートヘアの女の子のシリーズ「髪は短し恋せよ乙女」も撮っているんですが、私の歴史上好きになった人が全員ショートだっていう(笑)。なので、偏愛的なもの、「スクールガール・コンプレックス」の時によく言われた”癖(へき)”を出す、ということなんですが、でも”癖”は、”くせ”でもあるし、個性なので、絶対いいと思います。
こだわりよりも”偏愛”するもの=”推し”があると人生の彩りになる
――最後に「モノ」についてはいかがでしょうか?
まずカメラの話をすると、あんまりカメラに強い愛着が湧くタイプではないんです。粗雑に扱ってる訳では無いんですが、さっきお話したように”コミュニケーションツール”だと思っているので、その時その時で”持ち歩きたいカメラ”というものはありますね。仕事用のハイスペックカメラは、あんまり持ち歩きたいとは思わないですが(笑)。

例えば、今ここにあるカメラ(キヤノン PowerShot V10)なんですが、これは最近持ち歩いてます。Vlog用のカメラなんですが、ちょっと変わってますよね。縦型で。変わってるのでこれを出した時に「何それ?」となるので、その時点で勝ちかなと(笑)。よく「スマホでいいじゃん」って言われますが、スマホって意外と人に向けるのって難しいんですよね。なので「スマホでいいじゃん」はもう通じない(笑)。
写真って、当たり前ですが、”撮った世界”と”撮らなかった世界”があると思うんです。写真の世界に身を置く者としては、”撮った世界”が常に幸せとは限らないですが、”撮った世界”を選択していたいと思っています。なので、”持ち歩きたい”かは重要ですね。
ただ、仕事や作品用のカメラは、特定のメーカーが、というよりは幅広くいろいろなカメラを使っています。もちろん、一番お世話になっているのはキヤノンですが、古いカメラなんかも使ったりもします。ざっというと、仕事のメインはキヤノンのR5ですが、フィルムの頃から中判を使っていたので、デジタルでも中判を使っています。富士フィルムのGFX100Sも使うんですが、ペンタックスの645DやZも使っています。まぁ、これが撮りづらくて、1枚撮ったら1秒以上待たないといけない(笑)。でも、1周回って、このシャッターチャンスを逃してる感じがグッと来るようになって(笑)。その中で撮れるものこそ、みたいな感覚になっていたりします(笑)。
――シーンごとに使い分けたりもされていますか?
全然変わりますね。645Zとか100Sとかを使っているとR5は私の中では小さいカメラに見えますが、ソニーのRX1RIIを使っているのですが、あれすごく小さくて。中判とかで撮った後に、さっと出すと表情が変わるんですよね。水戸黄門の印籠の逆というか、でかいの見せといて小さいのを出す、みたいな。実際どれだけ影響あるのか分かりませんが、そういうことはしますね。カメラは顔なので、それぞれに個性があるので、気にしないモデルさんもいると思いますが、やっぱり変化が出るのが面白いなと思っています。これ(PowerShot V10)なんか、ほんとに印籠みたいですもんね(笑)。

――あとはやはり”ペンギン”でしょうか
やっぱり、それは語らないといけないですよね(笑)。ペンギンは、もう写真より長いですね。物心ついた4,5歳の頃には、もう好きでした。写真の話とつなげると、子どもの頃に、ロッテの『クールミントガム(1960年に販売が開始されたロングセラー商品)』がペンギンのイラストのパッケージだったんですが、あれが好きで。あのイラストのペンギンのフォルムが好きなんです。頭がまるっとしていて、お腹がちょっとふっくらしててという形。フェチな写真を撮ってるので、「何フェチですか?」とか聞かれるんですが、フォルムなんです。なので、好きとしか言いようがないんですが・・・、好きなんです(笑)。
「ペンギンは撮らないんですか?」と言われるんですが、撮ってます(笑)。全く発表するつもりもないんですが、めちゃくちゃ撮ってます。いろんな水族館にも行ってますし、南アフリカのケープペンギンを撮りに南アフリカまで行ってます。なので、超弩級の趣味なんです。
さっきも言ったように、特定のカメラにすごい愛着がある訳ではないんですが、ショートヘアの女の子とか、執着する、偏愛的なものというのはあって、今の時代で言うと”推し”という存在があると人生の彩りとか潤いになると思います。まぁ、アイドルには裏切られる可能性がありますが、ペンギンは裏切りません(笑)。

――青山さんは多くの本を出版されていますが、やはりアナログなものに対してもこだわりがあるのでしょうか?
それはめちゃくちゃありますね。元々、写真に限らず本はすごい好きでよく読んでましたし、写真が好きになったら写真集をとにかく買っていました。昔はファッションとかにもお金をかけていたんですが、写真にハマった後は、服には全くお金をかけずに、どんなに高い写真集でも買っていたりします。
紙って、めくる時の手触りとか、香りとかもありますが、写真集を作るようになってからは色に対して、文字通り解像度が上がりました。印刷所では、自分が見えてない色までこだわって修正をしていたりしますが、それくらい紙の場合だと、細部までのこだわりを物質の中に詰め込めるということが良さなのではないかなと思います。
私はたくさん本を出してるので、周りから見てイメージと現実の収入ギャップがあると思うんですが、印税王みたいな(笑)、でも本って稼ぐという意味では、あまりお金にならない。なので、好きだからやっているというのはありますね。それに自分の写真集が書店に置かれる、というのにも憧れもありましたしね。
今は、SNSに皆さん写真を上げますが、回り回ってAIの学習の一部になるという状況だと思うんですよね。なので、”出さない”というのが一番尊いのではないかなと。なのでペンギンの写真を出さないのは、そういうことかも知れませんね(笑)。もっとも、出さないと誰にも見られないのでおすすめはしませんが(笑)。
――お話をお伺いして青山さんの作品に通底する”その辺”とか”普通の人”といった、誰もが共感出来る、等身大の目線が、どのように意識されて作品が生み出されてきたのかがよく分かりました。誰もが撮れる写真でありながら、でも誰にも撮れない写真である青山さんの写真。それはこだわりを超えた”偏愛”の深さの違いなのかも知れません。本日は、ありがとうございました!
Profile:青山 裕企(あおやま ゆうき)氏

愛知県名古屋市生まれ。
『ソラリーマン』『schoolgirl complex』『少女礼讃』など、“日本社会における記号的な存在”をモチーフにしながら、自分自身の思春期観や父親・少女像などを反映させた作品を制作。
台湾・香港・中国・シンガポール・スペイン・ニューヨークなど、海外で個展やアートフェアなどに多数参加。
2009年より写真集などの著書を刊行、現在100冊を突破(翻訳版も多数)。
『schoolgirl complex』は、2013年に映画化(主演:森川葵・門脇麦)、写真集は累計10万部以上のベストセラーとなる。
SNSのフォロワーは、中国Weibo12万人以上、国内主要SNS12万人以上。
Instagram:https://www.instagram.com/yukiao.jp/
X:https://x.com/yukiao
【新刊情報】
2024年9月25日(発売日はお住いの地域によって異なります)に、青山裕企さんの新刊『人を撮るための完全攻略本 楽しいポートレート写真術』が刊行されます。青山さんがポートレートを撮るために四半世紀の間に身につけてきた発見や知識が満載となっています。ポートレートを撮りたい、また撮っている方必携の一冊。ぜひ、ご覧になってください!

Interviewer:新居 祐介 / Yusuke Arai
京都出身。ビジネスプロデューサー。東京を拠点として活動。IT・広告・写真関連の会社のマネジメントや経営者を歴任。 プロデューサーとして著名メディアアーティストの大規模写真展及び写真集・作品販売のプロデュースや、写真コンテンツを活用した各種新規事業・イベント・企業タイアップ等のプロデュースを行う。フォトグラファーやコンポーザー、DJとしても活動中。
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