今活躍するクリエイターにインタビューする連載企画。数多くのインタビューに答えてきたであろう彼らに、ちょっと違った切り口で迫るべく、本メディアのコンセプトでもある「人」「モノ」「街」という観点を通して、クリエイティブの根源から人となりまで探っていきます。
第1回は、フォトグラファーの傍ら株式会社XICO代表取締役等、マルチな活躍をされている黒田明臣さんに登場いただきます。

何事においても意思を持って選択をしていたい
――黒田さんは何事にもこだわりが強そうですよね(「モノ」について)
たしかに、衣食住全般こだわりますね。自分が摂取するものはこだわる傾向にあります。例えば、毎週土日に一本ずつ映画を観るんですが、何観るか悩むのに30分〜1時間くらい悩みます(笑)。食べ物も何を食べるかは一回の食事を無駄にしたくないので、すごく悩みます。ただ良いものを食べるということではなく、格安の牛丼屋なんかも好きでよく行きますし、その時々で心地よい決断をしたいのです。コンビニは月に1回あるかないかです。カメラにしてもそうですね。別に機能や性能などファンクションの部分はなんでもよくて。服も、ファッションに詳しいわけじゃないんですが、スーツとかクラシックなものが好きで、ああでもないこうでもないと一ミリ単位でこだわる事も少なくありません。
例えばヒーコや僕がやってることって結構インスタントなものが多い。SNSのコンテンツをご依頼いただいて作ることになったとしても、じゃあそれが1年後も思い出してもらえるコンテンツにしようとは作る側も見る側も考えないと思うんですね。なので、会社でも意識的に「古典を目指す」ということを一つの価値においていて、100年残るようなものに価値を感じるというか。身の回りのものは流行りにはあまり興味がないんです。
なので、何事も、お金を出したり時間を投資するものに対しては、意志のある決断をするというのを自然とやっていますね。
――元々そういう考え方だったのでしょうか?子どもの頃から?
そうですね。やはりもったいないなと思うことをしたくないと思っているのと、本質的なところから目を背けないようにしないと、と考えています。食べたものが自分を作るのと同じように、例えば写真を撮るにしても、得ている情報やクリエイティブから自分のクリエイティブが生まれるのであって、それを超えるものは生まれないと思うんですよ。自分から0→1を生み出すことは出来ないと思うんです。それは幻想というか。自分が吸収したものが化学反応して生まれるだけであって。
なので、自分が生み出すものになり得るものは価値あるものにしたいですね。そうじゃないともったいないなと思っていて。逆に流行りのもののように表層的なことを追いかけることは本質的じゃないなと。そこで1歩立ち止まって考えるという癖はつけています。ただ、経験は大事にしているので、経験としてやってみるということは全然ありますけどね。
――クリエイティブは吸収したもので作られるという発想ですが、今の仕事をする前からそうだったんでしょうか?
そうですね。今は写真をやっていますが、昔はもちろん下手だったと思いますし、自分の写真上手くなったなとはあまり思ってなくて、と言うとめっちゃ偉そうですけど(笑)。常に自分がいいなと思ったり、好きだと思ったもの、つまり自分が吸収してきたものには常に追い付いていないという感覚があります。ただ、それなりに化学反応が起きていて、自分なりの何かにはなっているとは思います。なので、摂取する情報は制限していますね。SNSなんかも、結構ミュートしてたりします(笑)。発信はすごい一生懸命やってましたけどね、一方的に。

非科学的なものに熱中出来る人を知った
――「人」についてはどうでしょうか?
明確にターニングポイントというのがあって、元々エンジニアをしていたんですが、写真を始めたのが2012年くらいなんです。ただカメラは税金対策で買っただけであまり興味もなかったんですよ。でも、2014年に初めてCP+(注:日本最大級のカメラ関連メーカーが集う展示会)へ友だちに連れられて行ったんですが、そこで以前にたまたま京都で写真関係なく出会った人と再会したんです。その人が、CP+の会場で会う人会う人と話をしていて、何なんだろうと思って聞いたら、どうやら『ポートレート専科』という写真展に出て知り合いが増えたと。それで「そろそろオーディションがあるから、あきりんも受けたら?」と言われたんです。そこで友達が出来るのなら挑戦したいな、ということで応募して参加させてもらうことになりました。
『ポートレート専科』というのは、プロ・アマ混合で展示をするような形式で、会場は渋谷のルデコ(注:写真展が数多く開催されるギャラリー)でやっていたんですが、実際に会場に行ってみると、皆さん熱量が半端ないんです。その中で会った人が、失礼な話、収入的には自分よりも稼いでいないであろう人でも、自分にはとても投資できない金額のスタジオ代を出して作品撮りして楽しんでいる。それを見て、経済合理性を無視してこんなに人を熱中させるものがあるんだなと思いました。自分は理系ではないですがエンジニアだったので、そういう数字で表現出来ない、定量的に評価出来ないものに対して、情熱や時間、お金などのリソースを投資できるという人たちを見て、理解できないがゆえに眩しかったんですよね。自分もそういう決断が出来るようになりたいと思ったのが結構きっかけだったんです。で、そこから毎日写真を撮るくらいの感じで、人もスナップも、常に何でも撮って、何個ハードディスク買ったか分からないくらい撮りまくっていました。
そこからちょうど10年ですけど、当時アマチュアでもない、写真愛好家でしかないところから、写真の仕事をするようになって、今では逆にフォトグラファーに発注するようになっていますが、そうなったのも、あの時『ポートレート専科』に出ていなかったらこうなっていない訳で、結構人生違ったものになっていたかなと思います。なので、特定の人ではないんですが、あの時に見た、経済的不合理な熱量をもてる人達に魅せられた、ということですね。

幼少期からハイ・アンド・ローを経験したことがルーツ
――「街」はいかがでしょうか?
やっぱり生まれたところでしょうか。僕は完全に地元が影響してるなと思っています。僕の地元は上大崎というところなんですが、目黒駅と白金台の間くらい、池田山公園とかがある辺りなんです(注:いわゆる高級住宅街にあたるエリア)。その立地がすごく絶妙で、品川区の端っこなんですが、道路を挟んだら港区で白金台なんです。で、僕は幼稚園から港区の白金台幼稚園に通っていて、そこには親が医者とか、大手企業勤務だとか、大使館勤務の息子で外国人がいるとか、そういう環境でした。ただ、自分の家はボロ屋敷で、周りと比べると田舎者だと思っていました。白金台も昔は商店街や団地があるような街でしたし、目黒も何も無いし、五反田はああいう感じだし、ということでこの世の底辺くらいに思っていたんです。だけど、周りの家には最新のおもちゃがある。僕は片手に煮干しみたいな暮らしをしていて、裕福な家庭をみながら羨ましく思っていました。
そこから、小学校、中学校と進むにつれて、学区が五反田とか不動前とかの方に広がっていくと、もう少し”やんちゃな”子たちと接するようになって。基本的には良い子たちなんですが、こんな無茶していいんだ人生、みたいな(笑)。そして、高校は更に離れていくのですが、今度はもっとやんちゃな区の方たちと一緒になるんです。もうこれに感動してしまって、「人間はバイクで通学してもいいんだ」みたいな(笑)。なので、入学して1ヶ月で教科書をすべて捨ててあらゆる勉強を放棄しました(笑)。
そんな感じで、大学も高校時代勉強していなかったので、2教科とかで受験出来るところを受けて入学するんですが、そこで今度ははじめて埼玉県の同い年のの人に会って、またカルチャーショックを受けて。それ以降もう3日くらいしか行きませんでしたね。代わりと言ってはなんですが、入学と同時にブラインドタッチを覚えるためにオンラインゲームを始めるんです。で、オンラインゲームをやって、たくさんの大人と知り合って分かったのは、僕は自分を底辺だと思って生きてきた、努力する価値なんてないと思っていたけども、世の中にたいして努力する価値くらいはあるのかもしれないと思うように慣れたんです。ベストではないにせよ、頑張ったら戦える能力くらいはあるのかなと思ったんです。
こんな感じで、僕の人生はハイ・アンド・ローの生活水準に触れてきたというのが根底にあります。最近40歳になってようやく分かってきたんですが、僕の地元の人達は、一般的な高学歴・高収入を目指すタイプなので、いかに高みを目指すかというのを子どもの頃から親の圧力として受けていた。僕もその端くれではありました。一方で、さっきお話したような経済合理性や社会通念上の成功を無視して写真を狂気的に取り組んでいる人たちと出会って、人生そういうことでいいですよね、と勇気をもらった間隔です。そういう、高みだけを目指すだけじゃなく、非合理、不合理な決断が出来る人が、ある種の強者というか。そこに自分は踏み込めていなかったなと思いました。ハイ・アンド・ローをみてきたのもあって、20代の時は仕事の面でも収入面でも上手く行っていたので、結局地元の人みたいになっていたんだなと。それもあって、また不合理な道に来てしまったなと(笑)。これがルーツですね。最近ようやく言語化出来るようになってきました。

期待通りの結果が出ることが楽しい
――お聞きしてきた「人・モノ・街」があっての今のご活躍ですが、ここまで来たのはどうしてだと思われますか?
自分は、生粋のエンジニアだとは思わないですが、文系と理系のバランスが良いタイプだとは思います。なのでUI/UXを踏まえて仕組みを作ったりシステムエンジニアリングというアプローチを応用するのは得意だと思っています。会社組織を作るとか、ビジネスを作るというのも、僕の中ではシステムアーキテクトに近いと捉えているところがあって。会社組織も2019年に組織化しないといけないことになったんですが、仕組みづくりでしかなかったんです。でも、この仕組みで行けば損はしないというのは分かるので、今日まで仕組みの上で必要な分だけ投資するという負けないゲームしかしていないです(笑)。システムを作るのは簡単に言えば動作を予期してルールを作ること、それを守れば間違いなく期待通りの動きをする訳じゃないですか、それを人間でやってるというか。人間なのでもちろん期待通りにはいきませんが、大きくずれるわけでもない。なので、大勝ちすることはないですが、出来ることをやって、期待通りの結果が出るのが楽しいので、どんどん投資して上場まで目指そうとか、そういう成長シナリオはないですね。
フォトグラファーとしても、昔は自分に自信がなかったので、自分の写真で仕事が来るというのを世の中にたくさんテストしてみて、それである程度いろいろな仕事をいただけるようになりました。自分の写真が社会的に評価していただけたということが実証できたので、自分は間違ってなかったんだなと。それで満足してしまっていて、フォトグラファーとして誉れとされるような大規模広告の仕事はしたいとか注目されたいといった欲求はないのです。そういうのは、やっぱりキャリア的にもリスクテイクして、そこにフルベットしている人がやるべきだと思いますし。
一方で、あまり器用になりたくないなというのはあります。さっきの育ちのところの話もそうですが、器用にやりすぎたくない。ただ、器用にやっちゃってるところもあるので、それは僕の中では、ちゃんと手足を使っていないようで格好悪いなと思っています。
――やはり自分が体験したものの中から全て生まれてくるという考え方ですね
そうですね、それにつきますね。その中で自分だめしを常にしているだけで何の大義もないので、ただのエゴイストだと思っています。なので、世の中の尺度であまり振り回されないで済んでいるというのはありますが。こだわりというか。それがなくなったら厳しいですね。ちゃんと自分の実感のあるもの、手触り感のあるものの中でやっていきたいという思いがあります。
――「人」「モノ」「街」と、それぞれ関係なさそうな切り口でしたが、黒田さんの場合は見事に繋がっていて、とても面白かったです。本日は、ありがとうございました!
Profile:黒田 明臣(くろだ あきおみ)氏

1983年、東京都品川区生まれ、都内在住。
株式会社XICO 代表取締役。
株式会社アートレイト 代表取締役。
チョキでグーに勝ちたいロマンチスト。フリーランスエンジニアから写真家・起業家へキャリアシフト。ソフトウェア設計、B2B / コミュニティマーケティング、ビジュアルプロデュースを掛け算して、自社経営をはじめ、外部顧問としてビジネスデザイン領域や事業戦略設計の支援、フォトグラファーとして広告写真制作やプロデュースなど浅く広くお仕事しています。強い野望はないですが、生きている実感や持続感がほしい Life goes on 精神。”わからないこと”を探求したい。趣味は、料理、映画鑑賞、クラシックスタイル、靴磨き、ドライブ。中身はギャル。
Instagram:https://www.instagram.com/artratio
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Interviewer:新居 祐介 / Yusuke Arai
京都出身。ビジネスプロデューサー。東京を拠点として活動。IT・広告・写真関連の会社のマネジメントや経営者を歴任。 プロデューサーとして著名メディアアーティストの大規模写真展及び写真集・作品販売のプロデュースや、写真コンテンツを活用した各種新規事業・イベント・企業タイアップ等のプロデュースを行う。フォトグラファーやコンポーザー、DJとしても活動中。
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