近年、働き方の多様化が進む中で、副業やパラレルキャリアへの関心が高まっています。しかし、実際に安定した職を離れ、新しいキャリアを築くことは簡単ではありません。国家公務員という多くの人が羨む安定した職を自ら手放し、現在は会社員とフォトグラファーの二足のわらじを履く高埜志保さんに、その決断の背景と現在の働き方について詳しくお話を伺いました。
表現活動の原点〜宗教2世として育った経験が生んだ創作への渇望
──まず、高埜さんが写真を始められたきっかけを教えてください。
写真を始めたのは大学生の頃で、かれこれ10年ほど前になります。双子の妹がいるのですが、その妹が被写体活動を始めて、「一眼レフで撮るとこんなに綺麗に映るんだな」ということに感動したのがきっかけでした。最初は家の中で妹を撮影したりしていましたね。
──現在のような物語性のある作品スタイルは、最初からだったのでしょうか。
そうですね、最初からそうだったと思います。2017年や18年ぐらいから、物語を自分の中で組み立てて、それを写真として表現するという形で撮影していました。
──その表現への強い欲求の背景には、何があったのでしょうか。
私はどちらかというと、社会問題に対して何かを物申したいというよりも、自分の中からこう、溢れ出てくるものをただ表現したいという、非常に個人的な欲求が強いタイプなんです。生い立ちとして、宗教2世として育ったということがあり、そういった鬱屈した気持ちを、なんとか形にして消化したいという気持ちがずっとありました。その手段の一つが、自分で作った物語を写真にするということでした。
──宗教2世としての経験で、特に辛かったことはありますか。
一番は親との関係ですね。当時は、母親というよりも信者の方が先に来てしまって。何か相談したりしても「まず聖書開いて」というような感じで、一人の母親としてのアドバイスが聞きたかったのに、神様の言葉をなぞっているだけのような状況で、それがすごく虚しく感じてしまいました。また、宗教を辞めたい気持ちがずっとあったのですが、離れたら子供として認めてもらえなくなるんじゃないかという恐怖心があって、それがずっとトラウマのような感じで今も若干あります。

国家公務員時代〜副業禁止の中で続けた創作活動
──国家公務員を選択されたきっかけを教えてください。
家族の都合で、父親の仕事の関係で海外で暮らしていたことがあって、合計で9年間、香港と中国にいました。そこでインターナショナルスクールに通い、英語が全くできない状態から喋れるようになったという経験があります。でも日本の子どもたちに目を向けてみると、英語教育はどうなんだろうという問題意識を持ちました。それで文部科学省で英語教育に携わりたいと思い、国家公務員を選んだんです。
──公務員として働く中で、副業規定はどのような状況でしたか。
国家公務員法で兼業禁止とされているので、非常に厳しかったです。不動産の経営や実家が農家で手伝うといったものは認められるようですが、写真集を販売したり、写真を撮ってお礼をいただくといったことは全て禁止でした。人事課に何度も相談したのですが、例えば自身で制作した写真集をSNSで宣伝して販売するということは「仕事」とみなされてしまうので、ダメでした。
──それでも写真活動を続けられた理由は何でしょうか。
写真を撮ることが、自分の中の表現欲求を満たす手段になっていたからです。特に激務の部署にいた時は、疲れれば疲れるほど表現したいという気持ちが強くなっていきました。土日に撮影をして、平日は仕事という生活でしたが、不思議なことに、その時の方が今よりも撮りたい気持ちは強かったような気がします。
転職への道のり〜2年間の模索と決断
──転職を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。
辞めようと思ったのはコロナのタイミングでした。ただその後2年くらい、辞めるまでにかかっています。その時私がいた部署が、自分がやりたいことと近いような国際関係の部署で、仕事がすごく楽しく、やりがいもありました。だからなかなか辞められずにずるずるいってしまったのが正直なところです。ただ、その後に異動になったところが、国会議員の対応をする非常に忙しい部署で、もう体力的に絶対続けられないと思い、一気に辞めたいという気持ちが加速しました。
──国会対応の部署は、どのような激務だったのですか。
会期中はずっと大変で、主に国会議員の皆さんから質問が来たら、大臣に国会で答弁していただくための準備をする部署でした。終電で帰れるか帰れないかの戦いで、ほぼ毎日深夜か明け方に帰って、時には1〜2時間寝てまた出勤するような状況でした。
──転職の条件として重視されたことは何でしょうか。
まず副業が認められることが絶対条件でした。あとはテレワークができること。週末に撮影していると、どうしても平日に体力がなくなるので、通勤時間を少しでも短くしたいという思いがありました。それと、年収を落としたくないという条件もありました。
──転職活動の期間はどれくらいでしたか。
転職活動を始めてからは比較的早くて、1ヶ月か2ヶ月くらいだったと思います。ただ、求人サイトに登録していたのは2年前からで、実際に面接に行って動いたのは1ヶ月半前くらいからでした。

現在のパラレルキャリア〜知的財産と写真の両立
──現在のお仕事について教えてください。
実は転職を2回していまして、国家公務員からまず特許事務所に転職し、現在は外資系企業の知的財産部門で働いています。英語を活かせて、知的財産に携われる仕事ということで、公務員時代の経験も活かせています。
──知的財産の仕事を選ばれた理由は何でしょうか。
公務員時代に研究者の方々の研究を後押しする仕事をしていた時に、知的財産の存在を身近に感じました。日本の企業や大学は知財に対する意識が弱いと言われることがあり、海外の研究者と一緒に研究している時に、日本側の研究者は権利を主張する力が弱くて、日本のプレゼンスが上がっていかないという話がありました。そういったことを踏まえ、日本の存在感を技術でもアイディアでも世界の中で示していくお手伝いができたらと思っています。
──現在の仕事と写真活動のバランスはいかがですか。
今の職場に転職して半年くらいですが、すごくバランスが取れています。仕事と写真の割合でいうと7対3くらいでしょうか。以前は9対1だったので、かなり写真に費やせる時間が増えました。できれば5対5にしたいのですが、欲張りですね(笑)。
──理想的な働き方について、どのようにお考えですか。
本当にいいとこ取りをしたいんです。会社の仕事も、写真の仕事も、どちらも辞めたいわけではありません。今は週の半分くらい出社して、半分在宅という形で、自分にとっては一番心地がいいバランスです。
創作活動の現在と未来
──作品のインスピレーションはどこから得ていますか。
宗教をテーマにした作品も多いですが、本や音楽からも影響を受けます。なぜか駅の構内を歩いている時に思いつくことが多くて、それは謎なんですが(笑)。無意識的にいろんな人のストーリーに影響を受けているのかもしれませんね。
──今後の展望について教えてください。
5月に個展をやって一区切りついたのですが、来年か再来年に、また個展かグループ展で作品を展示する場を作っていきたいと思っています。今まではSNS主体で活動してきたので、今後はもっとオフラインの活動を増やしていきたいです。直接お会いして、人とコミュニケーションを取って、作品を見ていただきたい。自分の写真に新しい解釈を与えてくださるような存在がすごく貴重だと思っているので、そういった双方向的なコミュニケーションの中で生まれるような作品を作ってみたいですね。

パラレルキャリアを目指す人へのアドバイス
──同じような働き方を目指す方に、アドバイスをお願いします。
自分の反省も込めてですが、体力が本当に命なので、副業生活では休息を取る時間を意識的に取るようにしないといけません。お仕事を受け続けているといくらでも動けてしまうので、気持ちの面で本当に休むようにして、無理はしないでくださいということを、自分にも皆さんにも言いたいです。私は最近サウナにはまっていて、週3日くらい通って何もせずにぼーっとする時間を作っています。そういう息抜きの時間は本当に大切ですね。
──最後に、理想の働き方を実現するために最も重要なことは何でしょうか。
やはり体力の管理と、仕事と創作活動の良い意味でのON・OFFの切り替えだと思います。本職の会社員としての仕事と撮影は全く別物なので、頭を切り替えてやれることで、集中力も続きやすくなります。それぞれの仕事に集中できるというのは、自分のタイプに合っているのかなと思います。
まとめ
高埜さんのお話を通じて、パラレルキャリアは単なる働き方の選択肢ではなく、自分らしい生き方を実現するための手段であることがよくわかりました。安定を手放すリスクよりも、自分の可能性を追求することの価値を重視し、理想と現実のバランスを取りながら歩んでいく姿勢は、多くの方にとって参考になるのではないでしょうか。
Profile:高埜 志保 / Shiho Takano

フォトグラファー。大学卒業後、国家公務員として勤務。激務の中でも写真活動を継続し、SNSで注目を集める。体調面での限界を感じ、2年間の転職活動を経て現在は外資系企業の知的財産部門で勤務しながら、フォトグラファーとしても活動。物語性のある作品で多くのファンを獲得し、2025年には個展も開催。
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Writer & Photographer:新居 祐介 / Yusuke Arai
京都出身。ビジネスプロデューサー、経営者。opus合同会社代表。東京を拠点として活動。IT・広告・写真関連の会社のマネジメントや経営者を歴任。プロデューサーとして著名メディアアーティストの大規模写真展及び写真集・作品販売のプロデュースや、写真コンテンツを活用した各種新規事業・イベント・企業タイアップ等のプロデュースを行う。opus合同会社ではオウンドメディア支援事業として戦略策定〜コンテンツ制作をトータルに支援している。フォトグラファーやコンポーザー、DJとしても活動中。
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