ファッションデザイナーとして活動していた時代、マルタン・マルジェラは自分の名前を衣服につけなかった。ランウェイに出なかった。インタビューを受けなかった。顔を見せなかった。
それでも、彼の存在はあった。

2026年4月、九段ハウスという1927年竣工の邸宅に、マルタン・マルジェラが現れた。日本初となる大規模個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」。タイトルに、初めて自分の名前を冠して。
会場となった九段ハウスは、歴史的建造物として登録された邸宅だ。贅を凝らした装飾が残るその空間に、コラージュ、絵画、ドローイング、彫刻、映像——彼の手から生まれた作品が静かに置かれた。キュレーションはアーティスト自身が手がけた。誰かの解釈を挟まない。自分の言葉だけで、語った。

思えば、東京との縁は深い。
2000年、彼はまだデザイナーだった。恵比寿の古い邸宅に、世界初となるメゾン マルタン マルジェラの店舗をオープンした。浴室やキッチンをそのまま残したそのスペースに、コレクションを飾った。ファッションを「着るもの」として売ることへの、静かな抵抗のように。
26年後、再び東京を選んだ。歴史ある邸宅を選んだ。偶然ではないはずだ。

個展に合わせて、書籍『0 0 10』が刊行された。1989年から2009年、デザイナーとして活動した20年間に手がけた「アーティザナル」作品688点を、数年かけて撮影した記録集。720ページ、2冊組。
保存しようとした、ということだ。消えていくことへの抗いか、あるいは受容か。
ファッションは季節ごとに更新される。着られ、洗われ、捨てられる。だからこそ彼は、縫い目を外に出し、仮縫い状態で発表し、消費に抵抗し続けた。それでもいつか消える。その前に、記録する。
その書籍が、オンラインパルコで予約販売される。個展会場で先行販売されていた『0 0 10』が、東京を離れた人の手にも届く。32,000円(税別)。重さも、厚さも、それに見合うものだ。

「exploring the invisible(見えないものを探すこと)」——彼が自分の制作について語ったとされる言葉だ。
何を探しているかは、今も分からない。でも彼は探し続けている。名前を消したまま探し、今度は名前をつけて探している。どちらも、同じ人間の仕事だ。
Source: PR TIMES / The Chain Museum、株式会社 凛
書籍『0 0 10』: 720ページ・2冊組・32,000円(税別)/ printings.jp
個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」: 2026年4月11日〜4月29日、九段ハウス(終了)
